ここでは、今回の訴訟手続きの変更について、全国人民代表大会常務委員会での最高人民法院の説明や発表後の質疑から簡単に解説する。
上記のチャートは中国の司法制度の組織と審判フローである。裁判所の編成としては、最高人民法院(北京)をトップに、地方の省クラス以下に「高級人民法院」、「中級人民法院」、「基層人民法院」とピラミッド構成になっている。商標や著作権の事件は、基層人民法院が第一審となる。特許などのやや判断の難しい案件や商標や著作権での高額損害賠償事件などは中級人民法院が第一審となり、その上級の高級人民法院が第二審で、上訴や抗告事件を担当する二審制が基本である。再審請求は、その上級審になるため、特許侵害訴訟では最高人民法院が担当する。
これまでの特許侵害訴訟などに対応する司法改革では、2016年から第一審を担当する中級人民法院クラスを組織替えしてきた。つまり、2016年10月に北京、上海、広州に知識産権法院を設立し、当該特別市地域に複数ある裁判廷をまとめることで、当該地区での統一した司法判断と法律の適用を開始した。その後、2017年1月以降、知的財産訴訟の多い省や特別市においても、同様に特定裁判所の知財廷で統一した適用ができるように統合を進め、現在までに16の知財廷が設置された。これらに漏れている省や特別地区では従来と変わらず、中級人民法院が第一審を担当している。
今回の「決定」では、各地の高級人民法院で第二審を担当することをやめて、最高人民法院の中に第7巡回法廷を新設し、最高知識産権法院(或いは、法廷)との名称で、第一審の上訴事件を担当するようにするとの内容である。従って、北京、上海、広州の各知識産権法院、16都市の中級人民法院知財廷、及びその他の地域の中級人民法院が担当した第一審、及び、高額の損害賠償請求事件や指定事件として高級人民法院が担当した第一審に対する上訴や抗告事件が新設される最高知識産権法院で処理されることになる。第二審に対する再審請求も同様に最高人民法院が担当する。
これまでの素案の公表や「決定」の発表後の質疑などから、現状では以下のようなことが分かっている。
(1)対象の事件
対象事件は、民事事件と行政事件としており、その対象は、中国でのこれまでの裁判実務に基づくと、商標や著作権ではなく、技術的専門性が比較的高いのは特許、植物新品種、集積回路配置設計、営業秘密、コンピュータソフトウェア、独占などの知的財産権事件であり、職能、編成、人員などの要素を総合的に考慮して、それらを対象とするとしている。
第1条は、意匠特許を対象としていない。これは、発明特許や実用新案特許と比べて技術的専門性が高くないと判断されており、第二審は案件の継続性などからその地区の高級人民法院が担当する。一方、第2条の行政事件では、発明特許、実用新案特許及び意匠特許事件の第二審は同様に最高知識産権法院で行われる。
(2)裁判審理等級
これまで、特許などの技術など専門性の高い民事と行政事件の第一審は中級人民裁判所が管轄している。そして、第一審の審判に不服の場合、当該地の高級人民法院が第二審を担当している。最高知識産権法院が設立され第二審を担当するようになれば、高級人民法院は第二審を管轄してはならないことになる。
このため、2014年8月31日の「全国人民代表大会常務委員会の北京、上海、広州の知識産権法院の設立の決定」第4条の規定についても、今回の「決定」により変更されるであろう。
また、北京知識産権法院は民事事件以外に、特許、植物新品種、集積回路配置設計などの3種類の権利付与行政事件の不服事件及び営業秘密、コンピュータソフトウェア、独占などその他の行政事件も担当しており、それらの上訴事件は最高知識産権法院が担当することになる。
第二審の最高知識産権法院での判断に誤りなどがあり、再審請求や抗告があった場合は、現行法に基づき最高人民法院の審判監督廷で審理が受けられる。
(3)他国状況の参考
今回の「決定」での草案にあたっては、世界10か国に既に知的財産権の専門裁判所が設置しており、いずれの場合も、「国レベル、高等裁判所レベル、特許専門レベル」の裁判所設立モデルがあり、それを参考に採用した。そして、3年間の試行の後に結果を全国人民代表大会常務委員会に報告するとしている。
(4)その他の事項
最高人民法院は2018年、今年の年末までに、司法解釈や作業プログラムを制定し、最高知識産権法院設立、知的財産裁判所の管轄などの問題、事件の受理、裁判監督プログラムなどの問題を細化し、明確化するとしている
これまでの中国の行政改革や司法性改革などからすると、施行から確実な実施までには比較的時間を要することになると考えるのが普通である。更に、新設される最高知識産権法院は人手不足が予想され、どのように人員を配置するのだろうか。中国での人事異動は大変であり、地方の裁判官が北京に容易に移動するとは考えづらいこともある。また、中国全土の特許侵害訴訟などの第二審を北京で対応することは容易でなく、一般民事事件などで行っている地方巡回裁判やテレビ会議システムを利用した裁判審理なども可能としないと、原告や被告、更に関係する弁護士や証人などの対応や負担が大きくなることもあるので、難しい課題も多いように考えられる。いずれにしても、12月末までに公布される各種通達を十分確認し検討することが求められる。